めるきゅー 悪魔メルメルのきゅーとでえっちな世界征服！ ６
「質問……なのである……我はいったい、どこへ連れてこられたのであるか……きゃあっ？」
メルメルは男達に突き飛ばされた。かびくさいマットレスの上に放り出される。
「きゃうんっ！」
「へえっっへっへっへ！ 覚悟するんだなあ！？ 隣近所どころか、周囲百メートルは誰も住んでねえド田舎のボロ一軒家だ。泣いてもわめいても、誰にも聞こえねえぜ？」
目隠しをされ、後ろ手に縛られたメルメルは、ぐすっ、としゃくり上げた。
「それはさすがにちょっと怖いのである……我は……しょうたと帰りたいのである……」
「泣いてもムダだぜ！」
野蛮な手が、メルメルの着ているワンピースを引きちぎった。絹を裂く音に、メルメルは悲鳴を上げた。
「きゃあっ！ 何をするのである……！」
「おとなしくしてろや！ ほら、さっさとビデオまわせや！」
「やっ、やなのであるっ！ 触らないでなのであるっ……こわ、こわいのであ、やあっ……ああんっ……やめて欲しいのである……！」
「いい加減にあきらめろよ」
「うっ、うっ……なんか……横からきもいの見えてるのである……！」
「足押さえろ！ 全部剥ぎ取っちまえ！」
「きゃああっ！ それはヤなのであるしょうた助けてなのである……！」
メルメルは悲鳴を上げた。
「しょーた！ しょーたっ！ しょー……」
「うるせえッ、静かにしろ、クソガキ！」
口に無理矢理、布のようなものを押し込まれる。メルメルはもがきながら泣き叫んだ。
「うー！ うー……ううんっ……！」
野獣めいた手に、黒いゴスロリドレスを力任せに引き裂かれる。まるで赤ちゃんの服のような、マシュマロ色のレギンスがあらわにされる。
絹よりも白い肌が、のぞいた。その上に、黒く汚れた手が、何本も伸びる。
「ううっ……！」
緑がかった眼に涙がいっぱいたまって、あふれ出す。
「しょーあ……ああ……！」
メルメルは、身体をよじってもがいた。
おそろしさに半ば紫色になったくちびるを、ぎゅっ、と噛んで。
眼をつむる。悲鳴が押しつぶされた。
そのとき。
「ぎゃあっ！」
潰れガエルのような声を上げて、外から中へ、チンピラが二人、蹴り込まれて来た。
「げふっ！ 大変で……ぐはあっ！」
「いちいちうるせーんだよ！ 雑魚が」
床を踏み抜くような音を立てて、チンピラの背中を踏みつける。
「げぼあっ！」
チンピラ二人はそれぞれ踏みつぶされて失神した。
「おい、そこの不良ども」
カッ、と稲妻が闇夜に走った。
青白くまたたく閃光を背に、漆黒に浮かび上がる二つの影が、立ちつくしている。
「不条理かましてんじゃねーよ……よりによって……そのガキをさらうなんて……！」
「ううっ……？」
メルメルは、ぐすっと鼻をすすりあげて、声のする方を探した。
「うう！ ううう！」
「何だ、テメーら！」
「どこのチームのもんだ！」
「チームだと……？」
ゆらり、と。
悪魔めいた影が傾く。
「聞いたか、おい……？」
「ああ、聞いたぜ……この耳でな」
ぞっとする嘲笑を孕んだ声が、ひやりと響き渡った。
「ぶん殴る前にどこのどなたかと聞かれて、いちいち名乗るとでも思ってんのか？ ああん？ 言わせんなよ恥ずかしい！」
「当たり前だよな、翔太！」
「って……おい！」
「翔太だと！？」
チンピラどもが息巻いて怒鳴った。
「さては、このガキの知り合いだな！」
「しまった！ 何でばれてるんだッ……！」
「お前がベラベラしゃべるからだろーが伊月ッ！」
「あらやだ。どうしましょ。困っちゃう」
「自分で墓穴掘っておいて堂々とスッとぼけてんじゃねェーッ！」
「やあん、怒らないでぇっ」
カッ……！ と、青白い稲光が夜空を伝い走る。
入り口に、ぞっとする二人分の影が浮かび上がった。長々と引き延ばされた影が差し込む。
「ぐっ……！」
あまりの迫力に、気圧されたチンピラたちが後ずさってゆく。
「な、何だ、てめえら……その恰好は……！」
「ふふふ……バレちまっちゃあ、しょうがないわね！」
伊月が、高らかに笑った。
「いくわよ、翔太ブラック！」
「よくてよ、伊月ピンク！」
「二人は！」
「二人は！」
どーん！ と、背後で雷鳴がとどろき渡った。
「メルキュア！」
「メルキュア！」
キラキラのラメラメに変身ポーズを決めて、光をまき散らす。
「不条理こそが正義の力ッ！」
「二人の不条理パワーを合わせれば不可能なんてない！」
「もう一度いくわよ、翔太ブラック！」
「ええ、よくってよ、伊月ピンク！」
「二人の力を合わせて！」
「くらえ！」
「アブサードストリーーーーーム！」
……。
「ぎゃあああああああ！」
「何だお前その恰好は！」
「お前こそ何だそのミニは！」
「男がスカートはくなあっ！」
「丸見え！」
「リボンむすぶな！」
「変身するなあっ！」
「すね毛見えてるっ！」
「ぎゃああっ！ いくら何でもこれは不条理きわまれりすぎだろうが！ あああ、止めろ、止めてくれ、姫デコ盛りは！」
「お前こそハートのカチューシャつけてんじゃねーッ！」
「てめーがそんな魔法少女ステッキ持ってんのが悪いんだろうがッ！ 精神に悪影響及ぼしすぎだろうがっ……！」
「ぎゃあああああああ……！」
「こ、こ、こいつら……」
チンピラたちが一斉に青ざめた。
「ヘンタイだ！」
「コスプレマニアだ！」
「アニオタだ！」
「キモオタだ！」
「ぎゃあああああああっ……寄るなあっ……こっちを見るなっ……ヘンタイが感染るっ……！」
蜘蛛の子を散らすかのように、一目散に逃げゆく。
……。
「……」
「……」
どんよりと顔を見合わせる。
「変身しちゃってるけど……」
「……」
「俺……現実から目をそらしたい……」
「俺も……」
「と、とにかく、ステッキから手を離してみればいいんじゃね？」
「そ、そうだな……」
勝利をどんよりと手にした二人は、メルメルのステッキを投げ捨てた。しゅん、と空気が抜けるような音がして、元に戻る。
「……うー！」
「メルメル！」
無事、元の姿に戻った翔太は倒れているメルメルへと駆け寄った。目隠しをほどいてやり、縛られた手を解放してやってから、あわてて、着ていたパーカーをかけてやる。
「大丈夫か、メルメル」
「うわああんっ……しょーた……我はとっても怖かったのである……しょーたああぁぁぁん……！」
「ごめんな、メルメル。ほったらかしにしたりして。もう……大丈夫だから」
ぎゅ、と抱きしめてやる。
「泣くな」
「うっ、うっ、うんっ……！」
泣きべそをかきかき、メルメルはぐすん、としゃくり上げた。
「どうやって、我の居場所が分かったのであるか？」
「……ガムよ」
伊月が笑って屈み込んできた。
「翔太がね、あの公園で……」
（ああん？ 何だ、この糸みたいなの？）
（糸？）
（ああ、木から、糸みたいなもんが伸びてるんだ。妙にぺたぺたするんだが……なんだこりゃ……？）
（うわ、ホントだ。靴で踏んづけたガムみたいだな）
（ガムだって！？）
「というわけでね、そのガムの糸をつけてここまでやってきた、ってわけなの」
「そんなご都合主義な話は絶対にあり得ないのである！ いくら悪魔の我でも、そんなトンデモな作り話は信じられないのである！」
「悪魔にまでダメ出しされてんぞ？ いいのか？」
「そんなこと言ったって！」
「我はそんな不条理、認めないのである！」
メルメルはジト眼で翔太を睨んだ。
「確かに、ガムなすりつけ攻撃はしたであるが……全然効かなかったのである！」
「いいんだよ！ トンデモを現実に変えちまうが俺の能力……じゃなくて、病気なんだから！」
翔太は、伊月にウインクしてみせてから、メルメルの頭を抱き寄せた。
「とにかく、無事でよかった。それでいいだろ？ な？」
「……で？」
「何が、で？ だよ……」
翔太は、遠い目で教室の窓から外を見ていた。伊月が肩越しに顔をのぞき込ませてくる。
「やだなあ、何を一人でたそがれてんのかなあ翔太くんは？」
「……これが……たそがれずにいられるとでも思うのか……？」
「んん〜？ 俺は全然たそがれてねーけどぉ？」
「だろーな……てめーはな……あーもー、最悪だよ！ ちくしょうっ！ 何でこうなっちまうかなあ……！」
「気晴らしにぱふぱふさせてやろうか？」
「ぐああっ！」
翔太は椅子から転がり落ちた。
「おっ、お前、っ、こ、こ、こんなところで胸出すなっ……！？」
「ウフ♪」
ボタンに手を掛けて今にも全開にさせようとしながら、伊月は、くすくす笑った。
「誰も見てないから……大丈夫よ？ 最後までやっちゃお？」
「中身は男のくせに、身体だけ女になっちまうとか……卑怯だろうがッ！！！！！！ せ、せ、迫るなって……うわっ……！」
「だあってえ……」
伊月が実をよじらせるたびに、胸元の谷間がゼリーのようにふるふると揺れ動く。翔太は焦りきって鼻を押さえた。
「み、見せるんじゃねーよ！ バカっ……他の誰かに見られたらどーすんだっ……！」
「ふふっ、優しいんだ、翔太ったら」
「違うわあっ！」
「だって、あたしの胸は翔太だけのもので、ほかの誰にも見せてやるもんか、ってことでしょ？ でもお、これはぁ、不条理の病状がますます進行しちゃったせいなんだから。しょうがないじゃない？」
「だからって……！」
「ほら。最大の不条理がきちゃったよ？ いいの？ 隠れなくても？」
「げっ……！」
どどどど、と廊下を走ってくる騒々しい足音がして。
「しょーーーーーたあああーーーーああっ！ しょーーたっ！ 我と、我と、我と、ふじゅんいしぇいこうゆうをしゅるのであ……！」
「それ以上言うなバカっ！」
「ぐぎゅっ！」
口を押さえ込まれて、制服姿のメルメルはじたばたした。ゴスロリ姿もカワイイが制服姿も結構可愛らしい。というかどうやって入学許可を取ったのかまったく持って分からない。
「ぐ、ぐ、ぐるぢいのである！ 離すのである！ 我も、”くらすめーと”とやらになって、伊月といっしょにしょーたのどーてーを奪うのである！ 魔界の強くなるハウツー本によると、本気でしょーたとれろれろしないと最強の子種が得られないらしいのである！ だから早くこんにゃくしてしょやしてれろれろするのであ……！」
制服姿のメルメルが言うと、言葉の威力もまたすさまじい。
「それ以上言うなって言ってんだろーがっ！ この不条理どもがッ！」
翔太は顔を真っ赤にして逃げ出した。
「ええい、寄るな！ 触るな！ てめーらなんぞ相手にしてられッか！」
「あっ逃げた」
「しょーた、待つのである！」
「誰が待つかよっ！」
というわけで。
八坂翔太にとって世界は今日も変わらず――不条理なのであった。
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