めるきゅー　悪魔メルメルのきゅーとでえっちな世界征服！　５

　暗くなりかけた夜道を、二台の自転車が猛然と突っ走ってゆく。
　水たまりを踏んだタイヤが派手に飛沫を噴き上げる。切れかけた街灯が、不穏にまたたいた。
「要するに、その悪魔の子どもを公園にほったらかしにしちまった、ってことなんだな！？」
　見た目は女でも、伊月の運動能力はハンパない。全速力で自転車を漕ぐスピードは、翔太をはるかにしのいでいる。
「有り体に言えばな」
「つーかでもそれ悪魔だろ？　フツーの人間じゃねーんだろ？　気にしすぎじゃねーの？」
「気にしすぎ、で済めば、俺的にはそれでいいんだって……っていうか、悪魔ってとこには突っ込まねーのかよ！？」
「今さらそんな無駄な労力使ってどーする」
「確かに俺的にはそのほうが話が早くていいけどさ。フツーはもっと悪魔の存在について疑問を差し挟むもんなんじゃねーの？」
「この期に及んで不条理が常識を語るなよ」
「おおっ！？」
「分かってくれたか」
「ああ……今……俺はもの凄く納得しちまったぜ……！」
「だいたい、俺が翔太の言うことを疑うわけねえじゃん？　一番お前に近いところにいるつもりなんだからさ」
「嬉しいこと言ってくれるね」
「だから今度一発やらせて」
「断る」
「じゃあ一発やって」
「もっと断る」
「けち。たかが一回や二回、気にすんなよ」
「だから、俺は気にすんだって！」
　雨の中、水しぶきとライトの光をはじかせて、二人は疾走する。
「いい加減、俺の気持ちも分かれよ、お前が……もしダチじゃなくなっちまったら、それこそマジでヤなんだよ俺は」
　伊月は答えなかった。
　雨の中を駆け抜けてゆく。しばらくして翔太は前方の街灯を指さした。雨にけむる白い光が、風にかすんで揺れている。
「あの公園だ」
　二人は自転車をとめて公園内へ駆け込んだ。
　雨の降る音だけが聞こえてくる。
「悪魔のちび！」
「名前知らないのか？」
「そ、そう言えば、何て言ってたっけ……メルメルだ」
「めるめるっ！？　何だよその萌えロリピンポイントな名前は」
「俺の趣味じゃねーぞ！　確かに『我はキュートな花悪魔メルメルである！』とか言ってたんだよ！」
「……」
　伊月は触れてはならないものに見るような眼で翔太を睨んだが、ぶるっと頭を振った。
「非常時に常識は要らない、だ。分かった。メルメル！　返事しろ！　おい、翔太、お前も呼んで探せ！」
「わ、わかったよ……メルメル！」
　だが、どれほど声を嗄らして怒鳴ってもメルメルの姿はない。
　ベンチにも座っていない。
　かろうじて雨宿りができると思われる、屋根付きのあずまやにもいない。
　トイレを覗いてみたが、誰もいなかった。
　どこにも、いない。
「メルメル！　隠れてないで出てこい！」
　翔太は息を切らしてかけずり回った。
「放っておいて悪かったからさ、返事しろよ！」
　メルメルの姿がない、というだけで、こんなにも胸騒ぎがしてしまうのは自分でもおかしい、とは思う。だが。
（うむ、分かったのである！　五万回噛めばいいのであるなっ！？）
　眼をきらきらとかがやかせてガムを受け取った少女の面影を思い浮かべるたびに。
　心臓のあたりがグイと嫌に締め付けられて、息苦しさが増す。
　この雨の中を――
　ぶるっ、と頭を振って、嫌な予感を振り払う。
　あの少女は自らを悪魔だと名乗った。
　悪魔だと……人間ではない、と名乗るぐらいなのだから、雨ぐらいどうにでもできるに違いない。濡れるのが嫌なら、勝手にどこかへ飛んでいってしまえばいいだけのことだ。
　よもや、雨の中、戻ってくるはずもない翔太を待ち続けるだなど、あるはずがない。
　人間でもすぐに心折れてあきらめてしまうような約束だ……よりによって悪魔が、馬鹿正直に守っているはずなど、あるはずがない。
　そうだ、そうにちがいない。
　あの少女は悪魔だ。
　こうやってひとをムダに心配させて、不安がらせて。
　あわてふためく様を、高みの見物で見下ろしているに違いない。バカにして、笑っているに違いないのだ。どこか、安全なところで――
「ちくしょうっ……！」
　翔太はトイレの壁を殴りつけた。いっそ……
　きゃははは！　バッカじゃなーい！？　オロオロしたりして！　これだからロリ豚はバカなのよ！　キンモー☆　ぐらいの罵詈雑言を耳障りなぐらいに甲高くまき散らしながら目の前に現れて、言い放ってくれたら。
　どんなにか、腹立たしく。
　どんなにか、ほっと安心できるだろうに……！
「俺が、下らない約束をさせたせいで……！」
「翔太っ！」
　伊月の声がするどく響く。翔太は外へ飛び出した。
　伊月は木の根本に屈み込んでいた。手に、泥まみれのステッキを握りしめている。
「それは……！」
「見ろよ」
　降りしきる雨に洗い流された持ち手の下部に、名前を書き込む欄があった。
　伊月は泥を指先でぬぐい落とした。街灯の光を頼りに、ためつすがめつ、字を追う。
「……世紀末美魔女学園　２ねん３くみ　メノレメノレ……」
「――全力で突っ込みたいが今はツッコミ入れる心の余裕もねーよ！　そいつはメルメルの魔法少女ステッキじゃねーかよ！　何でこんなもんがここに？」
　木の根本は枝葉にさえぎられ、これだけの雨にもかかわらずさほど濡れてはいない。
　にも関わらず。
　地面には、泥を踏みにじったような、複数の足跡が大量についていた。
　翔太は屈み込んだ。懐中電灯を手にした伊月の指先が、慎重に地面を探っている。
「ここに靴跡があるな」
　スニーカーらしき多数の靴跡に混じって、かっちりとした革靴の跡が残っている。足の大きさは二十センチたらず。あきらかに子どもの靴の跡だと思われた。
「間違いない。メルメルの足跡だ」
「だが、この靴跡がこの場から立ち去ったらしき痕跡はない」
「ってことは……」
「……下手したら、連れ去られちまってるかも……」
　翔太ははじかれたように立ち上がった。四方を見渡す。
「メルメル……！」
「警察……呼ぶか？」
「悪魔の女の子が連れ去られたので探してください、ってか！？」
　翔太は自嘲気味に怒鳴った。
「そんなたわこと、誰が信じるんだよ。俺の言うことなんて誰も信じやしない！」
「翔太」
　伊月は、翔太の肘を背後から掴んだ。
「何があっても、俺はお前を信じてる。それだけじゃ、足りないか？」
「伊月……」
「お前の不条理を呼ぶ能力は、わけわからないことを呼ぶだけの力じゃない」
　伊月の声は、低く押し殺されて、今にも雨にかき消されそうだった。
　だが。
「理を打破する力。理を尽くさぬ力。常識では計り知れない力だ。自分の不条理を信じろよ。トンデモ能力の限りを尽くして探し出そうぜ」
「伊月……！」
「なあ、今、俺サイコーにカッコイイセリフ言っただろ？」
「……くやしいが認めよう」
「これ、一発貸しだからな」
「っ！」
　翔太はたちまち顔を赤くし、尻を押さえて後ずさった。
「いや、この場合前か？　後ろか？　どっちだ？」
　あたふたと前後を挟むようにして押さえる。
「てめえでケツ拭けるだけの余裕があるならまだ大丈夫ってことだな」
　伊月は、力づけるように笑った。
「教えといてやる。心配するなら、後じゃなくて前だ」
「ひいいこっちか！」
　翔太はがば、と股間を隠した。
「隠したってムダよ！　そのメルメルとかいう子を見つけたら絶対に奪っちゃうからね！　翔太の童貞を！」
「ぐああああこのまま頼っていいのか良くないのか全然分からねえ男らしさだ！」
「よっしゃあ！　かくなる上は童貞ゲットのために全俺の総力を挙げて探し出すぞ！　とりあえず、このスニーカーの足跡をたどって」
「ううっ……どうすればいいいんだ……！？」
　よろめいた翔太は、ふと、木の根本に、目を留めた。
「ん？　何だ？」
　何か白いものが、蜘蛛の糸のように木の根にからみついて、そのまま地面に添って一直線に伸びている。
　翔太ははっとして眼を凝らした。
「これは……もしかして」
　屈み込んで、手に取る。糸は手にからみついた。
「手がかりを、見つけたんだな？」
　伊月が問いかけてくる。翔太は伊月と目を見交わした。
　――迷っている暇はない。
　決断を促すかのように、伊月もまた、うなずく。
　翔太は唇を引き結んだ。

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