めるきゅー　悪魔メルメルのきゅーとでえっちな世界征服！　４

「あ……」
　公園のベンチに腰掛けていたメルメルは、ぽつ、と落ちて消えた雨粒に気づいて空を見上げた。
「これは、何なのであるか？」
　手のひらを出す。ちいさなその手に、雨粒が、つめたく跳ねた。
「濡れてしまったのである」
　メルメルは、くんくん、と濡れたてのひらの匂いをかいだ。
「……分からないのである……」
　そのまま、無意識に立ち上がろうとして。
　ぎゅ、と、不安に手をよじりあわせて、立ち止まる。
「でも、しょーたは……ここで待っていろと言ったのである……」
　メルメルは眉をなさけなく下げてつぶやいた。
「ここで待っていないと……しょーたとの約束が果たせないのである……」
　雨は次第に音を増し、あたりを薄暗く押し包んでゆく。
　風が公園の樹木を揺らした。
　木の葉に着いたしずくが、大きな水滴となってメルメルに降りかかる。
「きゃっ……！　つめたいのである……！」
　頭から水をかぶったメルメルは、思わず悲鳴を上げてちぢこまった。
「でも、しょーたが……待ってろって……」
　濡れたしずくを手で払いおとす。
　メルメルは、うろたえたように立ちつくした。
「どうすればいいのか……わからないのである……！」
　空を見上げる。曇り空はますます色を濃くしていた。日が暮れかけている。
「しょーた……」
　メルメルは雨に濡れないよう、木の下に雨宿りの場を求めた。
「ここなら、少しは濡れずにすむのである」
　ぱちっ、と音がして、公園の街灯に光が入った。雨の降る軌跡が、斜めの線となって光に映し出される。
　ざああ……、と降り込める音が続いていた。
　メルメルは自分で自分を抱き、ぶるっと震えた。ふわふわの髪が濡れて、背中に貼り付いている。
「……ちょっと寒いのである」
　ポーチからハンカチを出し、濡れた手をていねいに拭く。
　それから息を吐きかける。白い息がたちのぼった。
「……しょーた……我は……どうすればいいのであるか……？　噛みかけのガムもまだ、おくちに残ってるのである……」
　その目に、じわっと涙が滲む。
「我には、分からないのである……教えて欲しいのである……」
　空はますます暗くなってゆく。
　雨は降り止む様子もない。
　メルメルは、ぽつんと灯る街灯を見上げた。
「あっ！」
　とそこでメルメルは唐突にぽむ、と手を打った。すばらしい名案を思いついたかのように、にっこりと笑う。
「分かったのである。ここで待っていればいいのである！　しょーたはここで待ってろと言ったのである！　……うん、確かにそう言っていたのである！　そうすればしょーたが迎えに来てくれるので……ひゃっ！　つめたいのである！」
　首筋に、雨が当たって。
　メルメルは身体をちぢこめた。
　ちいさく屈めた手足の先が、こきざみにふるえだす。
「ううん、良い子にしているのである……しょーたが来るまで……じっと……我慢の子なのである……！」
　と。
「おやおや、どうしたのかな、おじょうちゃん？　こんな薄暗い公園で？　ひとりかな？」
　声に気づいたメルメルは、きょとんとして顔を上げた。
　水を含んだ足音がいくつか近づいてくる。
　暗い影が見えた。
「ママはどこかな？」
「もうそろそろ、おうちに帰る時間じゃねえのかな？　お兄ちゃんたちが送ってってあげようか？」
「雨の中歩いていくのは大変だろ？」
「大丈夫、濡れないように車に乗せてあげるよ」
「送っていってあげるから、さ？」
　ククク、と笑う声がする。
「……おまえたち、何者であるか……？」
　メルメルは、怯えた声を上げた。
「我は忙しいのである……！　もう少し、ここでしょーたを待っていなければならないのである……！」
「へえ、誰かと待ち合わせしてんだ？」
　だらしない恰好をした男が、へらりと笑った。
「ってことは、間違いなくおじょうちゃん、今は、一人、ってこと……だよなあ？」
「へーえ……ひとりっきり……ねえ？　女の子が夜の公園で一人って、ちょっと危なくね？」
「変なヤツにからまれたりしねえ？」
「そりゃあ、大変だ」
「お兄さんたちが、悪い奴らをやっつけてやるからよお……？」
「まっぱに剥いて縛ってヒイヒイ泣いて許しを請うまで全員で、代わる代わる、ってか？」
「な、何の用であるか……？」
　メルメルは声をふるわせた。半泣きの声をあげ、木にしがみつく。
　手に持っていたステッキが落ちた。
　たちまち、泥に濡れて黒く滲みてゆく。
「よけいなことはして欲しくないのである！　我はお前たちには用などないのである！　しっしっ、なのである、あっち行け、なのである……っ！」
「おいおい、おじょうちゃん、威勢の良いこと言って、足ィ、震えてんじゃねーかよぉ？」
「お、ガイジンだぜこのガキ！」
　どっ、と下卑た笑いが起こる。メルメルはぶるぶると震えながら周りを見回した。
「しょーた……悪いが早く……来て欲しいのである……我は……ちょっと……困っているのである……わ、悪さをしてはいけないと言われてるのであるっ……」
「ショータね。へーえ？　そいつが彼氏の名前かよ？　残念ながら、そいつはこねえよ」
「くっ……来るに決まってるのである……っ」
「あきらめな」
　ぞっとする声が、メルメルの泣き声を遮った。
「……っ！？」
　取り落としたステッキを、男の靴が踏みにじる。
　メルメルは、びくびくと声を呑み込んだ。
「な、何をするつもりなのであるか……？」
　おずおずと尋ねる。
「一緒に来てもらおうかなあ……？　お兄さんたちと、気持ちいいことしちゃおうぜえ……！？」
「や、やだなのである……それ以上近づいたら噛みかけのガムをべっちょりとなすりつけるであるぞっ！」
「うるせえっ！」
　黒くゆがんだ影が、のしかかるようにメルメルを取り囲んだ。

「まだ帰んねーの、翔太？」
　外は雨だった。
　学校が終わったあと、伊月の家にたむろって、だらだらと無為な時間を過ごす。勝手知ったる他人の家。ゲームをし、ケータイをいじり、コミックを読みあさる。
　伊月は勉強机の椅子に前後ろ逆に座っていた。家でもミニスカート姿を通す気らしく、いささかはしたない恰好で身体を揺らしている。
「ぱんつ見えてんぞ」
「わざと見せてんの」
「男の絶対領域になんて興味ねーから」
「そんなこと言って」
　伊月は背もたれに肘をついてもたれかかり、くすっと笑った。胸元がちらり、とのぞく。
「今見たでしょ？　ね？」
「見てねーよ」
　翔太は手に持ったマンガで顔を隠した。伊月は微笑みを絶やさない。
「何か気になることがあるんなら隠さずに言えよね？」
「ねーよ」
　いらいらとマンガを顔にかぶってソファに寝っ転がる。
「じゃあ帰れ」
「いやだね」
「襲うぞ」
「断る」
「俺、どうせならまじで女になっちまいたいんだけど」
「やめとけ」
「そしたら、せめて一発ぐらいは気の迷いでやってもらえるかなって」
「たとえ意識不明になってたとしても断る」
「何で」
「ダチだから」
「……翔太のバカ」
　伊月は頬を染めた。
「そういう……逆に……どきっとしちまうようなことを言われるとさあ、対処に困るんだよね」
「ま、最悪の事態にならなきゃ男でも女でもいいよ」
　伊月はきょとんと小首をかしげた。
「最悪の事態って何だよ」
　その仕草は、どきりとするほど色っぽく、ふざけているようでいて真に迫っているように見えた。翔太はふん、と鼻を鳴らした。
「言っただろ」
　ためいきをつく。
「お前とダチじゃなくなっちまうのが嫌なんだよ」
「それって暗に、男と女の関係にはなりたくねーってこと？」
「男だろお前」
「ばれたか」
「とにかく、まだ帰らない。もうすこしここにいる」
「……」
　伊月は、立ち上がった。
「翔太」
「何だよ」
　ソファに寝っ転がり、コミックを顔にかぶったまま、翔太は答える。
「俺と寝ないなら帰れ」
　枕元に、伊月は座った。
「帰らねーとマジで襲うぞ？」
「ああん？　てめーいきなり何言い出すんだよ……」
「お前、今日ずっと態度おかしかっただろ」
「はあ？」
　翔太はごろりと寝返りを打って伊月に背を向けた。伊月の顔を見ないよう、かたくなに背中を丸めたまま動かない。
「そんなの知るかよ」
「見りゃわかるさ」
「気のせいだって」
「俺が何年、お前を見つめ続けてきたと思ってんだよ」
「気持ちわりーよ」
「それだけじゃねえ。何回、眠り薬呑ませて、眠らせて、こっそりエロい写真を撮ったりエロいことしたりエロいことさせたりしたと思ってんだよ」
「したのかよ！」
　あわてて跳ね起きる。コミックが床に転がり落ちた。
「うん」
　伊月は、両手を頬に当てて、ポッ……とあからめた。もじもじと腰をくねらせる。
「そりゃあもう、激しすぎて」
「その反応やめろーー！！」
「証拠写真ならここに」
　いそいそと、ベッドの下からマル秘アルバム「しょーたくんのえっちなだいぼうけんシリーズその１」「しょーたくんのえっちなだいぼうけんシリーズその２」を取り出し、開いて見せつけようとするのをあわてて翔太は止めた。
「見せるなッ！」
「だったら、行けよ」
　翔太は伊月を見つめた。
「どこへ」
　伊月は、うすく笑った。
「俺は知らねーよ。でも、ここじゃないどこかなんだろ？」
「誰がんなこと言ったよ？　別に、どこに行きたいってワケじゃ……」
「勘違いすんなよ、翔太」
　伊月は、ひょいと椅子から離れて翔太のとなりに座った。
「俺ってさ、ホントはずるい男なのよ。翔太が”不条理連鎖症候群”だって分かって、面倒事に巻き込まれるのが嫌な他の連中が、お前から離れていくの見てさ、内心、嬉しかったの」
　手のひらで、翔太の頬を撫でる。
「……」
「お前がそんな病気にかかってくれたおかげで、この先ずっと二人っきりでいられる、って思っちまったの。俺みたいなヤツでもお前を独占できるって」
「……」
「魚心あればエロ心だっけ？　そんな欲得ずくのヤツをさ、もしかしたらまだ友だちだなんて思っちまうってのはやっぱさ、お前がそういう病気で、まわりにまともなヤツがいなくて、常識的な忠告してくれるようなまともなダチがいなくなってるせいだと思うのよ」
「……」
「だから、さ」
「やめろよ」
　翔太はかすれた声で笑った。
「俺を追い出したいならそう言え。そんな、ガラにもねえようなこと言うな。俺の傍にいてもおかしくないようにって、わざと女装してくれてるのも知ってるさ」
「わざとじゃねーんだけど？」
「えっ」
「ガチで本気よ？」
「何いーーッ！？　マジかよ！　信じてたのにーー！」
「てへっ☆」
「テヘじゃねーよ！　分かったよ、そんなに……変な顔してたか俺？」
「出てた」
　伊月はにやりと笑った。
「気になって気になって仕方ないことがあります、ってまだ顔に書いてあんぜ？　ふっ……、口ではああだこうだ言ってるくせに、やっぱ身体は正直だよなあ……？」
「誤解を招くような言い方はやめろっ！」
「だから、素直じゃねえっつってんだよ、お前は」
「うっせエ！　しょうがねーだろ。そういうひねくれた病気なんだからよ」
　伊月はやれやれ、というふうな仕草で肩をすくめる。
「要するに一蓮托生ってことね？」
「あきらめてくれ」
「ふふっ、分かってるじゃない？」
　伊月はいたずらっぽく耳元にささやくなり、翔太の頬にすばやくキスした。
「わっ！？」
　ほっぺたを押さえてのけぞる翔太にむかって、伊月は、ふん、と肩をそびやかせた。
「仕方ない男ね。まったく、翔太ったら……世話が焼けるんだから。俺も一緒に行ってやるよ」

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