芽吹いたばかりの木の葉が、さわさわと音を立てて風に揺れる。ちぎれた雲が青空を横切っていく。
見渡す限り、柔らかな色の草原が広がる。
後ろの木に、黒と芦毛の馬が二頭仲良くつながれて、鼻を寄せ合いながら、草を食んでいた。
ここはどこだろう。
傍らを見下ろすと、木洩れ日の落ちる草原に、少女が眠っていた。
記憶の深層にある光景だということは分かっていた。ただ、これが現実にあった記憶なのか、それとも、巧みに誘導された幻想にすぎないのか、区別が付かない。
〈セレム〉
呼びかけると、少女は目を覚ます。
〈すっかり眠っちまったな〉
〈あっちゃあ……おじいさま、怒ってるよきっと〉
〈帰ろうか〉
セレムは目をきょろきょろさせた。
〈え？ どこに？〉
その仕草があまりにも子供っぽく見えて、思わず苦笑いを浮かべる。
〈ラ・フォーニアに〉
セレムの浮かべた微笑みが、逆光の日差しを透かして輝いた。
あまりにまぶしくて、目を細めながら抱き寄せ、耳元にキスする。セレムはひげが痛いと笑ってごねて、軽く腕を突っ張った。
あのまま春になれば、枯れ落ちた枝からいっせいに吹きこぼれる新緑のように、何もかも新しく、生まれ変わっているはずだった。
セレムがささやいた。
〈本当にもう、絶対、あんなことしないって誓える？〉
〈もちろん〉
そうだ。覚えている。過去にまったくこれと同じ会話をした……。
〈証明できる？〉
〈どうやれば信じてくれるんだ〉
〈自分の態度で示せば？ 自分はもう、昔の自分じゃないってこと、もう、悪いことなんてしないって、あたしにも分かるように。簡単でしょ〉
〈ああ、そうだな〉
本来なら拍子抜けするほど、簡単なことのはずだった。こんな初心な娘をだますことなど。
〈もし、裏切ったら〉
そのとたん、すべての幻想が、波頭の泡沫と化して砕け散った。
・◆・◆・
起きあがろうとして、手を地面につく。冷たい人工的な感触があった。
セレムは周囲を見渡した。深い藍色の壁が見える。
前方に、小さなろうそくの火が生まれた。次々に光が反射し、四方八方へと広がってゆく。
闇の中の燭光が、無数に立ち並ぶ黒曜の鏡を浮かび上がらせた。
ここはどこだろう？ セレムは記憶をたぐり寄せようとした。
確か、ギールにとどめを刺そうとして……それからどうなったのか、全然思い出せない。
もしかしたら、自分はもう死んでしまって、冥界へ向かっている最中なのではないかと勘ぐる。案外それが一番近い答えのようだった。
〈だれか……いるの？〉
足を踏み鳴らす音。木をせわしなく打ち合わせる音。鏡に異様な光景が映り込む。
セレムは鏡に近づいた。ぼんやりと自分の顔が浮かぶ。吹きかけた息に、艶やかだった表面が曇った。
指先で曇りを拭う。全く違う風景が、鏡に映っていた。
〈竜使いの娘ともあろうものが〉
苦々しい侮蔑の声が、胸を突き刺す。
〈どこの誰とも分からぬ男などに孕まされおって、恥を知れ〉
青ざめた表情の妊婦が見える。
〈お前など産まれてこなければよかった〉
悲鳴と産褥の悪露にまみれて取り上げられた子は、へその緒がついたまま、嵐の夜へと運び出された。片手に乗るほど小さな体が、血脂に汚れた姿のまま、竜の岩室へ置き去られる。
〈偉大なる竜の長よ〉
嵐をつく祈りが、陰鬱に響き渡る。
〈今ここに、穢れある命を捧げ奉る〉
白い衣を全身にべたりと濡れ付かせ、瀑布のような雨に身を鞭打たせて、声高に女は祈る。
〈我が罪を贖したまえ〉
赤子の泣き声が、ふっと止んだ。女は罪深い安堵の吐息をもらした。髪を吹きなぶる嵐天を見上げる。
と、女の目がちぎれそうなほど押し開かれた。
その目に映る。赤くうごめく二つの炎。金色にゆらめくねじれた角。悲鳴が噛み砕かれ、唐突に途絶える。
母を求めて泣き叫ぶ声が、再び、豪雨をついて響き渡り始めた。
嵐は、やむ気配もない。
セレムは震える手で剣を振りかぶった。迷宮の鏡を叩き割る。壊すたびに自虐の壁が次々にあらわれ、立ちふさがった。進んだ先に何があるのか、見たくもなかった。だが、進むしかない。
終わらない悪夢が見えた。
・◆・◆・
〈触るな〉
竜使いは、輝くような鞍についた、ほんのわずかな黒ずみに激昂した。飢えてやせ衰えた少年の襟首を掴み、投げ捨てて、顔と言わず腹と言わず、めちゃくちゃに蹴り上げる。
少年は腕で顔をかばう以外、抵抗もしなかった。
〈二度とその汚い手で触ろうなどと思うな、喰われ損ないの分際で〉
顔を踏みにじられ、口にボロのついた泥靴を突っ込まれる。
〈育ててやっただけでも有り難いと思え〉
竜の怒りを鎮める人柱、そのためだけに生かされている子。竜使いの暴行を見た見習いたちが、面白がって少年を取り囲んだ。
〈何だ、その眼、ムカツクな〉
〈どうせ食われんだ、つぶしちまおうぜ〉
〈文句があるなら死んで見ろよ〉
〈お前なんて〉
〈生きてても仕方ねえんだよ〉
〈早く死んじまえよ〉
〈要らねえんだよ〉
どうして、何で、僕だけが。
どんなに叫んでも、声は届かない。
分からない。どうして、こんなめにあうのだろう。どうして、僕は、こんな「僕」なのだろう。蹴られるだけ。罵倒されるだけの。
〈……違う〉
心の中に棲みついた何かがささやく。
〈そいつは、本当のお前じゃない〉
そこにいるのは、お前の顔をした、ダメな人形。蹴られているのは、憎まれているのは、お前の代わりに殺されてくれる、別の誰か。
〈僕は……僕じゃない……？〉
いつのまにか、日が落ちて夜になっていた。
寒い。
木立がざわざわと身をよじり、震えている。
灰色の闇。
どれだけ蹴られ、殴られたらすむのだろう。これからも、おそらく、死ぬまで加え続けられるだろう暴力。それを容認する養い親を。社会を。神を。
殺したい。
突然、雲が切れ、青白く鋭利な月が現れた。
少年は悲鳴を上げた。
足下に、べっとりと濡れた山刀が落ちている。何人の血を吸ったのか。欠け落ちたギザギザが目に見えるほど、刃こぼれている。
かじかんだ手が、どろりと血に濡れていた。
心のどこかが、すさまじい軋みを上げた。そのまま、ひびわれ、砕け散る。
何かが、あざ笑いながら、目の前をぐるぐると飛び交った。
〈お前みたいな弱虫は要らないんだよ〉
〈……消えちまえよ〉
少年は力無くかぶりをふり、今まで自分のものだと思っていた身体が、みるみる薄くなり、手応えのない操り人形のようになって遠ざかっていく様子を、呆然と眺めた。
〈ちがう……僕じゃない……〉
体の中で、何かがうごめいた。少年は、熱い吐息を漏らし、喘いだ。
自分じゃない誰か、何かが、胸の奥にいる……！
〈そうさ〉
人形だったはずの誰かが、ぞっとする声でつぶやいた。
〈俺が、お前にできないことをしてやったんだ〉
バクラントの竜。
おそらく、何百年、あるいは何千年と生き続けてきた、神にも悪魔にも似た存在。バクラントの人々にとって、竜は、恐怖以外の何ものでもなかった。
触れなければ、何もしないと言われている。だが、それさえも、定かではない。
本当かどうかも分からない災厄を杞憂するあまり、荒ぶる神、竜神として神格化し、祀る。それでも押さえきれない不安が、人身御供という悪習に形を変える。
いつしか、竜の棲む地底湖は、人の心と同じ、死の恐怖に満ちてゆくようになった。
竜は、数十年に一度、目を覚ます。そのたびに餌として罪人を喰らい、人柱を喰らう。何百年もの間、湖を血の色に染め、本来、輝かしいはずの姿を闇に塗り込め、地底深く、息をひそませながら。まるで、自らの力を恐れてでもいるかのように。
殺人者が逃げ込める場所は、もう、竜の岩室しかなかった。
少年は、血に汚れた手を、氷のように冷たい湖水で洗った。どんなにこすっても、なぜか、落ちない。
はっと我に返ったときにはもう、背後に追っ手が迫っていた。逃げまどい、飛沫を上げながら、湖に分け入る。あまりの冷たさに体が凍え、動かなくなった。
少年の喉をつんざく、聞こえない叫び。
〈僕じゃない〉
腕や髪の毛、襟首をつかむ、いくつもの手。瞬く間に引きずり上げられ、殴り倒され、蹴りつぶされる。
〈殺せ〉〈殺せ〉〈殺せ〉〈殺せ〉〈殺せ〉〈殺せ〉〈殺せ〉〈殺せ〉
炎を映し込んだ剣の切っ先が、ぎらぎらと邪悪に煮えたぎる。
どうして。生まれてこのかた、何百、何千と繰り返してきた言葉だった。生まれてこなければ良かった。もっと早く死んでいれば良かった。
……そうしたら、こんなところで、こんな理不尽な目にあうことなんてなかったのに。
突然、鋭い針のような金色の光が、暗黒を破り洞窟の隅々まで漲って撒き散らされた。追っ手の顔が、みるみる引きつり青ざめていく。
凄まじい水柱を噴き上げ現れた無数の牙は、絶叫と共に人間たちへ押し迫り、喰らいかかった。
牙の隙間からはみ出す内臓の塊。音を立てて砕ける骨。むさぼり食われ、こぼれおちる手首。少年もやがて同じ運命を辿るはずだった。跳ね飛ばされ、引きずり込まれて、湖底へと沈んでゆく。
うつろな眼に、赤黒く濁った水が映る。
湖底に横たわった少年は、全身に水泡をまといつけ、翼をそらし、羽ばたくように泳ぎ去っていく竜の姿を目にした。
闇に滲む鬱金の輝きが、閉じられていく瞼に焼き付いた。
どうして。なぜ、まだ、生きているのだろう。
どうして。
同じ言葉だけがぐるぐると巡る。
どうして、自分だけが。永遠に同じ愚問を繰り返すだけの螺旋。過去から未来へ、そして彼方へと無限に続く連なり。
〈蟲毒を生きのびたか〉
暗闇から差し込んでくる、巧妙な声に目を覚ます。
それが、アー・エルとの出会いだった。
黒衣の魔道師に身を寄せたそのときから、少年はギルベルト・デュゼナウと名乗り、ありとあらゆる争いを代弁する修羅場に生きる傭兵へ変貌した。血と、剣と、憎悪の力で、自らを脅かす全てのものを闇討ちし、踏みにじり、容赦なく蹴散らしてきた。
自分が本当は弱いことを認めたくなくて、記憶を消した。
真実を直視する恐怖から逃れるために、別人格の後に隠れた。
魂の弱さをごまかすかわりに、他の全てを暴力でねじ伏せた。
ガンズがフォーニア騎士伯を斬るのを見過ごし、リンウッド村のトゥールをなぶり、意味なく何人もの命を奪い、エルシリア侯クレヴォーを一突きにして、それを焼き殺した。今また狂気に駆られてハダシュを殺め、セレム・フォーニアまで手に掛けた。
心の奥底で、悲鳴を上げ続けながら。
壊れていく心に、罪の徴を、赤黒く刻印し続けながら。
すべてを、自分の中の他人のせいにしながら。
そして、今。セレムの幻が、過去を映す鏡の奥に立ちつくしているのを見る。
青白い顔のデュゼナウが、鏡から浮き上がるように身をもたげた。黒い飛沫が飛び散る。その全身は水から上がってきたばかりのように濡れて、なめらかに光っていた。
セレムは、陰惨な幻影を映し出す鏡を全て叩き割って、デュゼナウに駆け寄った。飛び散る破片で手が切れ、傷だらけになる。踏みつぶされる黒いガラスの中で、こわばった表情の幼いギールが凍り付いていた。いまだ檻に囚われたままの、怯えた少年が。
〈貴様、こんなところにまで、何をしに来た〉
デュゼナウが口を開く。
セレムは剣を構えた。握り込んだ手が自分の血で滑った。
〈あんたを助けに〉
それを聞いて、デュゼナウはまるで死人のような冷笑を浮かべた。
〈俺は誰の助けもいらない〉
セレムは、かすかに膝がふらつくのを感じた。
デュゼナウを殺して、本当にギールを救えるのか。それが単なる自己正当化にしかすぎないとしたら。ともに狂い、ともに死ぬしかないと思う、それこそが共依存に溺れた情念の仕業だとしたら。
それでもいい、と思った。今さら取りつくろう必要もない。たとえこれが、死にゆくさなかにおぼろ見た一瞬の走馬燈だとしても。
もう一度。ただ、もう一度だけ。
元のギールに会いたかった。
デュゼナウは、剣を持っていなかった。
セレムはゆっくりと息を整える。どんなに剣を振り回したところで、避けられるのは目に見えていた。間合いに入って、体を密着させた状態で、確実に命を奪うしかない。
見抜かれていることも分かっていたが、他に方法はなかった。
デュゼナウは、挑発するように手を広げてから、心臓の位置を親指で示した。
〈ここだ。はずすなよ〉
セレムは、歯を食いしばった。剣を持つ手を身体に引きつけ、デュゼナウへとぶつかってゆく。かるがると避けられる。首の根に手刀が振り落とされた。
よろめいて、ふらついたところを背中から蹴りつぶされる。
セレムの細い体はあっけなく吹っ飛んだ。
デュゼナウは馬乗りになって、セレムの喉をぎりぎりと掴んだ。
〈望み通り殺してやる〉
せせら笑いを浮かべ、さらに両の手に殺意を込め、へし折らんばかりに力を入れてくる。
無数の鏡が、二重螺旋の配列を描いて、二人を取り囲んでいく。その全てに、ギールとセレムの姿が映し出されていた。
……出会う。
〈もし、騎士になれたら、俺の剣、お前に捧げてもいいか〉
……失う。
〈お前は……誰だ。俺の……何だったんだ〉
無数の自分自身に射すくめられる。
セレムは空気を求め、必死であがいた。だが、どうやってもデュゼナウの殺意を振り払うことができない。黒い眼だけが、瞬かない月のように光っている。
〈ギール〉
声にならなかった。唇だけが、虚しく、その名を求める。
涙が落ちた。何もかも、もう、手遅れだったのか。
ふいに、デュゼナウの目が鏡へと向けられた。幻影の鏡をはさんで向かい合う、裏と表、虚と実の姿が映し出されている。
ギールがいた。セレムは息を呑んだ。鏡の向こう側から、境面を叩いて必死に何か怒鳴っている。声は聞こえない。だが、見える。はっきりと。
〈邪魔をするな〉
デュゼナウはセレムの喉から、わずかに右手だけを引き剥がした。左手でセレムを殺そうとしながら、右手で、自分を押しのけようとする。
獣のような呻きが漏れた。
〈逃げろ〉
セレムは、デュゼナウがそうささやくのを聞いたような気がした。
とっさにデュゼナウの左肘を逆ひしぎの向きに蹴り、体をひねって振り飛ばす。
セレムは跳ね起きた。つぶされかけた喉を押さえ、怒鳴る。
「あんたみたいにダメ人間なやつ、今まで見たことない！ 格好ばっかりつけて、本当はダメダメで、情けなくて、よわむしで、すかたんで、優しい振りして嘘つきで！」
咳き込んだ拍子に、涙がこぼれた。
「いい加減、目を覚ませっての！ 弱いのも、格好悪いのも、全部自分そのものじゃん。それで良かったのに、何で自分を隠そうとしたの。デュゼナウでいる”振り”なんかして！ 本当はまだそこにいるんでしょ。あたしの言ってること、全部聞こえてるんでしょ、ギール！」
両手をついてうつむいていたデュゼナウは、ゆっくりと顔を上げた。セレムの瞳に宿る、もう一人の自分がそこにいる。
「別の人格を生みだしてまで“忌まわしい過去”から逃避しようとしたんでしょ……分かるよ。分かるけど！ 逃げちゃだめだよ。目をそらしちゃだめ。なかったことにしたらだめなんだ」
そこで、ようやく悟った。
途切れた記憶を支配する闇の声。ずっと、心のどこかで、アー・エルが嘲笑し続けるのを聞いていた。
直視できなかった。
過去を忘れさせてくれる代わりに、自我を奪われ、催眠暗示をかけられて、命令通りに動く愚かな殺戮人形となった、魂のない駒。
それが真実。それがさらけ出された本当の自分であることを、すでに半ば確信しているにもかかわらず、どうしても認めたくなかった。
〈本当はもう、分かってるはずですよ〉
セレムの声、宰相の声、アー・エルの声、そしてギールの声が入り交じる。
「目を覚まして。どこからが虚構で、どこまでが現実なのか、ちゃんと自分自身で確かめるの」
デュゼナウは呻き、額を押さえた。俺が消えたら、こいつはただの役立たずの死に損ないだ。俺は俺でいる必要がある。
「違う」
黒曜石の床は鏡のように反射して、自分自身を映し出している。それは、自分であると同時にギールでもあった。
「俺はお前の力を借りなくても生きていける」
デュゼナウはかぶりを振った。
〈だめだ。今さら、もう、貴様ごときに戻れるはずが……〉
「本当はどっちでもいいんだよ。でも、あんたは、本当の自分に、元のギールのままでいたいんでしょ？」
セレムが手を伸ばしてくる。
「自分がなりたい自分でいいんだよ。取り戻して。本当の気持ちを」
本当の気持ち。本当の、自分。
……殺すのは……失うのは、なくすのは、もう……。
憐恕の指先が頬に触れる。とたん、セレムの記憶が雷のように流れ込んできた。
怖かった。恐ろしかった。二度とあんな目で見られたくなかった。
だから、剣を振るった。拒絶されないように。
力で、恐怖で、相手を叩き伏せなければ安心できなかった。
内心の不安を悟られぬように孤独の城塞に立て籠もり、惨めなほど幾重にも壁を張り巡らせ、近づくもの、脅かすもの全てを狙い撃った。
自分をこんなに不安にさせる世界など、すべて壊れてしまえばいいとさえ願っていた。
それが、真実と虚構の本当の姿。
うずくまり、ちぢこまった後悔の念が、水のように解き放たれた。孤独の迷宮が崩れ始める。
デュゼナウは暗闇の海の底から自分自身が淡い泡となって立ちのぼり、溶けまじっていくことにうろたえた。魂が元のかたちに戻ってゆく。
本当は、そう、本当は。
だれも傷つけたくなかった。
受け入れてほしかった。認めてほしかった。側にいて欲しかった。側にいたかった。罪を悔い、自分を戒め、真実を明らかにし、そして。
許して欲しかった。信じて欲しかった。
そして何より。
愛して欲しかった。