「召喚無効」
（ぎゃあああそれだけは……）
「やーいひっかかったー」
（な、なにいっ）
一見、空飛ぶ不気味な黒ウサギのぬいぐるみであるところの紋章の悪魔ル・フェは、額に食らったでこぴんに対し逆上の色も露わに腕をぶん回して怒鳴った。
（貴様、この僕を何だと思っている！ 魂の冒涜者にして簒奪者、死を告げる暗黒の魔鴉――）
「暗黒の魔ウサギにしか見えないけどね」
対するは聖ティセニア公国北方面軍第五師団司令官にして難攻不落の城砦ノーラスのあるじ、ルーンの守護騎士兼ぐるぐるめがねのおっちょこちょい元帥ことニコル・ディス・アーテュラス弱冠十九歳、花も恥じらう乙――ではなくて、何かと秘密の多いお年頃である。
（ふざけるな誰がウサギだ悪魔を侮辱するにも程が）
「まあまあそんなに目くじらを立てず」
なだめるような猫なで声をあげながら、ニコルは執務室の机にじたばた暴れるぬいぐるみをちょこなんと座らせた。
向かい合って腰を下ろすと机に両肘をつき、あごを乗せ、小首をかしげてにこにこと愛想良く笑ってみせる。
「悪魔さん可愛いですぅ！ ってアンシュベルも言ってたよ」
（×ッ×××××ーーー！）
「おっとアブナイ、召喚無効」
腕につけた《封殺のナウシズ》をさっとかざして光らせる。
（ぎゃあああ！）
眼を押さえて転げ回る悪魔を見てニコルは再び腹を抱えて大笑いした。
「またまた嘘でしたー！」
（きっ貴様あっ）
ぬいぐるみの悪魔は歯をぎりぎりと軋らせて悔しがった。まんまるいガラス玉の眼がぎらりと光る。
（呪ってやる呪ってやる呪ってやる悪魔を馬鹿にしたらどうなるかその身でとくと思い知るがいい！）
漆黒の翼をふいにばさりと広げ、宙に舞い上がる。
「えっ？」
ぬいぐるみのお腹に刻まれた《悪魔の紋章》が青黒い邪悪な炎を帯びている。はっと気付いて我に返ったときにはもう時既に遅かりし。
（ちんくしゃ光線！）
ぬいぐるみの指先から何やら不気味な漆黒の稲妻がほとばしった。
「うぎゃああああ……！」
ずびびと放たれた稲妻は見事ニコルにどかーんと命中、これまたぼかーんと見事な大爆発を引き起こしてノーラス城砦の壁の一部を粉々に吹っ飛ばし、哀れドクロの形の黒煙を天高く噴き上げることとあいなったのであった。
その、きっかり五分後。
「今の爆発は何事です、閣下」
廊下側の壁はもはやなく、なぜか部屋のドアだけがぽつねんと残っている。
それをわざわざ律儀にノックしつつ、ザフエル・フォン・ホーラダインは無表情に問うた。
返事はない。
だが、返事も何もあろうはずがない。原形をとどめているのは頑丈な扉部分だけであってその他は真っ黒焦げの粉々、廊下から外壁の向こうまできれいさっぱりと吹き抜けて、そよそよと風に乗った蝶までが飛んでいる始末である。
「失礼いたします」
ザフエルはドアを開けた。すぐ横の壁の残骸を跨げばすむものをどうやらあくまでも紋切り型の行動にこだわる主義らしい。
開けたついでにちょうつがいがはずれ、ばたん、とそのまま倒れた。砂混じりの粉塵が舞い上がる。
「ふむ」
悲惨とも思える部屋の現状を見渡しながらザフエルは立ちつくした。ちなみに黙って立っているのは衝撃を受けたせいなどでは全くなく、単に足の踏み場がなかったからにすぎない。
黒い瞳に動揺の波紋ひとつ生じさせず、ザフエルはしばし瓦礫の山を見つめた。
「何だどうした何があったんだ」
物凄い勢いで隻眼のチェシー・エルドレイ・サリスヴァールがはせ参じてくる。
「何があったというかむしろ何もかもが無くなってると言うべきだなこれは」
チェシーはいかにもうんざりとした顔で髪を掻き上げた。ためいきをつく。
「あんたの仕業か」
「まさか」
ザフエルはひやりと冷たい眼を差し向けた。
「私の爆破はドア専門です」
「それもそうだな」
あっさりと納得して引き下がる。チェシーは眉をひそめた。
「ということは、あの馬鹿が何かやばい代物を暴発させたとしか」
「そのような馬鹿な真似を閣下がなさるはずがありません」
「あんたの眼が節穴だって事は前から分かってたがそこまで親馬鹿だとは思わなかったぞ」
チェシーは瓦礫の山を跨いで部屋に入ろうとした。ザフエルがさっと手で制する。チェシーは眼を瞬かせ、神妙にうなずいた。
「そうか、すまない。現場保全が第一だったな」
「ノックが一番です」
「……真面目に考えた私が馬鹿だったよ」
「分かればよろしい」
ザフエルはすっと眼をほそめた。
「さて、どうしたものか」
「どうもこうもないだろう」
チェシーは瓦礫を蹴飛ばしてずかずかと部屋に入り込んだ。
「あの馬鹿一号を探すほかに何があるというんだ」
瓦礫に埋もれたソファを探り当てるや、軽々と持ち上げて反対側へと放り投げる。
「さっさと掘り出してやらないとさすがにまずいだろう……というか馬鹿二号、少しは手伝え。何ぼうっと突っ立ってる。あんたの閣下が埋もれてるんだぞ」
「お断りします」
ザフエルは袖に降った土埃をハンカチで払いながら平然と言い放った。
「軍服が汚れますので。それに肉体労働は馬鹿三号の仕事かと」
「……馬鹿二号は否定しないんだな」
チェシーはわざとらしく天を仰いで嘆息した。元よりこの石頭を説得することなど不可能以外の何ものでもないのは分かり切っているのだ。結局他に何も言うことなく作業に戻る。
「おい、ニコル、返事しろ。いるんだろ」
「でちゅ」
そのときなぜか、瓦礫の下からカエルを踏んづけたようなヘンな音が聞こえた。
▼
さて、話は五分前に遡る。
あの爆発の後、ニコルがどうなったかというと。
――埋まっていた。
いかにも身も蓋もない状況のように聞こえるが残念ながらまさにその通りである。
なぜだか分からないがきっちりと埋もれてしまって身動き一つ取れない。いくら手足をばたつかせてもまるで反応がないというか、体そのものが思うに任せないのである。
「ううっひどいでちゅなにがどうなっちぇるのか」
何とか体をひねって身を起こそうとするも起きるどころかひねることすら――
……ん？
今、何か、変な声が聞こえたような気がする。
いや、ヘンというか何というか、本能的根源的生理的恐怖にも似た……。
「な、なにが起こったでちゅか」
……。
…………。
――でちゅでちゅとーーーーーーッ！！？
ニコルは真っ青になってじたばた瓦礫の下でもんどり打ち頭を抱えようとしてまたまたさらに真っ青の真っ白になった。
「あ、あ、頭に手が届かないでちゅ！ っていうかでちゅってなんでちゅか僕どうちちゃったんでちゅか……ああっまたおかちくなってるでちゅ！ ちょっと、ああっ、あれっ、何？」
頭上の瓦礫が乱雑に掘り崩されてゆく。焦る間もなくいきなり光が射し込んだ。
チェシーの精悍な表情が上からのぞき込んでくる。
「何だこりゃ」
――え？
と思いきやいきなり胸ぐらを掴まれ、ずぼっと引きずり上げられる。
――な、何ちゅるでちゅか無礼者！
と本来ならば舌鋒鋭くぴしゃりと言ってやりたいところだが何やら状況が激しくおかしい。ニコルはぶらーん、とまるでぬいぐるみのようにぶら下げられている自分に気付いた。
何だか手足の縮尺が恐ろしくヘンになっている。まるで赤ちゃんのようだ。というか本気で二頭身ぬいぐるみ状態である！
――に、に、二頭ちんになっちぇるでちゅーーー！
己が身に降りかかった驚愕の真実。直視するにはあまりにも衝撃的すぎる事態に茫然自失、眼を回しつつピヨピヨぶくぶくと泡を吹いて轟沈しかかったところをチェシーは不思議そうに目の位置にまで吊り上げ、鼻を突きあわせんばかりにしてまじまじと見つめた。
「面はニコルみたいだが……何だこりゃ」
いきなり体を片手でぎゅっと鷲づかみ、くるりと裏返してあちこち触りながらザフエルに示す。
「ぬいぐるみか？」
――っていうかどどどどどどこ触っちぇるんでちゅかあああッ……！
「今、動きましたぞ」
ザフエルがぼそ、とつぶやく。
――ななななな何をばらちちゃってるんでちゅかあッ……！
ニコルは真っ青になって顔を硬直させあわてて眼をそらした。こうなれば人形になりきってごまかすしかない。下手にこんな状態でチェシーやザフエルに捕まった日には――
（ほほう）
（これは珍しいものが手に入りましたな）
（どうなっているか是非とも内部を拝見してみたいですな）
（内部、ということはもしかして）
（そう、もしかして）
（解剖、ですな）
（研究、ですな）
（楽しみですなあ）
（そうですなあ）
（ふふふふふふ）
（はははははは）
（お医者さんごっこ、というわけですな……）
――ちょんなのいやだあああああああああ…………！
「動いた？ まさか」
チェシーは不信の表情をありありと浮かべながら二頭身ニコルを上から下まで眺め回した。
「まあ、確かに良くできてるが――お、よく見たら案外凝ってるな。ちゃんと軍服も着てる」
胸の軍団章をつつき、ついでに襟元を指先でちょい、と押し広げて中を覗く。
「生意気にシャツまで着てるぞこのぬいぐるみ」
――み、み、見られ……ゃあぁあｗぁぇせｆふじ○×▼ぇ※ゞ∇ゃぁ……！！
もがくにもがけず、ニコルは真っ赤になったり真っ青になったりしながら今にも噴出しそうな悲鳴を必死に呑み込んだ。
もちろん人形だと思われている以上、良からぬ感情とか邪な何とやらとかそういうのは全然ないと分かってはいるのだが、この無頓着な手にもてあそばれるわ上下逆さまにひっくり返されるわだなんていくらなんでも無頼に過ぎるというか気がつかな過ぎるというか笑ってごまかせる範疇に全くないというかつまり言うなればその……
――ああっ……やめ、触っちゃ、ちょれはだめでちゅ……ってああっ……
ぱんぱんにふくらんだ精神の緊張に耐えきれず、ぼひゅんぼひゅんと後頭部から目には見えない蒸気が吹き上がって。
――うわ、あ、やだっ……触ら……あっ……あ゛あ゛あ゛あ゛……！
ついにはぱあんと破裂して青息吐息、反抗のしようもなくぐんにゃりと力尽きたニコルを、くにゃくにゃと手すさびにもてあそびながらチェシーはふと怪訝な口振りでつぶやいた。
「人形はともかくとしてだな、本体は何処に行ったんだ」
ようやく、ザフエルが冷ややかな視線を走らせた。
おもむろに手を差し出す。
「お預かりしましょう」
「頼む」
ひょいと何気なくニコルを受け取る。ザフエルはじいい、と二頭身ニコルの顔を凝視した。
「……」
まだ見ている。
「…………」
冷や汗ダラダラである。
「………………」
い、いったいいつまで見つめる気なのか。
「……………………」
執拗な視線に耐えきれず、ニコルは思わず目をそむけた。
……えー……。
…………えーっと…………。
何だか大変に気まずい状況のような気が――
「ふむ、よく出来ていますな」
ザフエルはまるで子犬でも抱くかのように、二頭身ニコルの小脇に手を差し入れてひょいと抱き上げた。腕にかかえ、くるりと後ろ向きにひっくり返す。
「ううう！」
「お静かに」
ザフエルは指を唇に当て、声をひそめた。
「えっ……」
ニコルはどきっとして、ザフエルを振り返った。
「ざ、ザフエルちゃん……」
「悪魔の分際で閣下に化けるとは不届き千万――と言いたいところですが」
ザフエルは半泣きのニコルの耳元に唇を寄せ、冷ややかにささやいた。
「貴方が本物の閣下かどうか、見分ける手段がないわけでもない」
「ち、ちんじてくれるんでちゅか……？」
「ええ、簡単なことです」
ザフエルは、かすかに眼を細めた。
「本物の閣下ならば毛糸のぱんつをお召しのはず」
そう言うなり。
……ぴらり、と。
――ふんぎゃああゃあぁあｗぁぇせｆふじ○×▼ぇ※ゞ∇ゃぁ……！！
「何だ今の不気味な声は！」
ぎょっとした顔でチェシーが振り返る。
「いえ」
半狂乱になってじたばたする二頭身ニコルの口を手で押さえ込みながらザフエルは平然と背を向けた。
「何でもありません。これはこれで可愛いので戴いてゆこうかと」
ニコルを抱いたまま出て行こうとした、そのとき。
背後で、ぼん、と爆発するような音が聞こえた。
「な、何が……起こったんでちゅ……」
可愛らしい子どもの声が聞こえて。
ザフエルは凄まじい勢いで振り返った。
そのまま眼を押し開き、ぎごちなく後ずさる。
「馬鹿な」
「何が馬鹿でちゅか……ってでちゅって何でちゅかわたちどうちちゃったでちゅか！ おい、ちょっちょ待ちゅでちゅホーラダインちゃん……」
「ちゃん……ですと」
がたりと信じがたい音を立ててザフエルが腰砕けに片膝をつく。
勢い余って振り落とされた二頭身ニコルはボールのようにごろんっと床へ放り出された。
よろよろと起きあがる。
「ち、ち、チェチーちゃん……」
「ニコルちゃん、やっぱりきちゃまのちぇいでちゅね！ これはどういうことなんでちゅか！」
ちょこまかと怒りの形相で駆け寄ってきたのはこれまた二頭身化したチェシーである。ニコルはあわててチェシーの前に立ちふさがった。
……と言いたいところだが傍目にはじゃれ合っているようにしか見えないのがなおいっそうの恐怖を募らせる。
「チェチーちゃん話を聞くでちゅ」
「チェチーちゃんって言うなでちゅ」
「べちゅに言いたくて言ってるわけじゃないでちゅ」
「うるちゃいでちゅ。早く元に戻すでちゅ。何とかちろでちゅ」
オモチャのような拳を振り上げながら二頭身チェシーが怒鳴り散らす。
「ぼ、ぼ、僕のせいじゃないでちゅ」
「じゃあ何でわたちにまで伝染るんでちゅ」
「ご、ご、ごめんなちゃいでちゅ……ちょ、ちょう言えばちゃっきル・フェちゃんに何か魔法みたいなのをかけられ――」
ザフエルがいきなり空恐ろしい無言をまとってすたすた立ち去りかける。
その背中に向かって二頭身チェシーが鋭い眼差しを突き立てた。
「おいこら待つでちゅ」
「嫌です」
「毒を喰らわば皿まででちゅよ、という言葉は当然知っているでちゅね」
逃げるザフエルをちょこまか追いかけながら二頭身チェシーは凄絶にニヤリ、と含み笑った。
「きちゃまも二頭身になれでちゅ」
「それ以上近づくな。近づいたら」
ザフエルは立ち止まり、漆黒の眼にぎらりと殺意を含ませてチェシーを見やった。
ゆらりとサーベルを抜き払う。
「命の保証は――」
……ぼん。
ザフエルの身体がドクロの形の煙に包まれる。
ニコルは嗚呼、と目を覆った。おそるおそる、顔を上げる。
煙が風に吹き払われる。ひとすじ、ふたすじ、細くたなびいて。
ザフエルはふっと肩の髪を払った。
「……なってちまったものはちかたないでちゅな」
ごほん、と何だか偉そうにふんぞり返りながら、二頭身ザフエルはつぶやいたのであった。
「へへんだざまあみやがれでちゅ」
二頭身チェシーがぱちぱちと拍手してあざ笑う。
「きちゃまにはちびっ子がお似合いでちゅ」
「無駄に勝ち誇ってる場合じゃないでちゅーーー！」
二頭身ニコルはうわああん！ と頭を抱え、がくりと手をついてうなだれた。
「ザフエルちゃんまで二頭ちんになってちまうなんて」
「ふむ」
二頭身ザフエルは気落ちするニコルを見てちっちゃな腕を組んだ。
思慮深い仕草で考え込む。
「どうちたものかでちゅな」
「どうもこうもないでちゅ！」
「何とかちないとでちゅ！」
「でちゅでちゅうるちゃいでちゅ」
「でちゅでちゅ言っちぇるのはわたちじゃないでちゅ」
「まったく大人げないでちゅなチャリチュヴァールちゃんは」
「うるちゃいでちゅちゃん付けで呼ぶなと何度言えば！」
二頭身が三人、ぽかすかと愛らしく殴り合っている様は果たして可愛いのか不気味なのか常人にはまるで判断しがたい壮絶な絵面である。
「ちょっと待つでちゅ」
二頭身ニコルは這々の体で喧嘩の輪から逃げ出しつつ、一同を制して言った。
「今はこんなことで言いあらちょってる場合じゃないでちゅ。何とかちてかいけちゅちゃくをもちゃくしなければいけまちぇん」
「ちょもちょも何を言っちぇいるのか分からないのではどうちようもないでちゅな」
二頭身ザフエルがためいきをつく。その後ろで二頭身チェシーがぴょんぴょん跳ねた。
「うるちゃいでちゅ話はあとでちゅ、おいきちゃま表に出ろでちゅ」
「チェチーちゃんちずかにちゅるでちゅ」
二頭身ニコルはじろりとチェシーを睨み、小さな拳を振り回して精一杯に声を張り上げた。
「ル・フェちゃんを探ちゅでちゅ。ちょうちゅれば何とかなりまちゅ」
「同感でちゅな」
重々しく二頭身ザフエルがうなずく。
「他に手はないでちゅ……」
（ははっ、何てざまだ。それがルーンの守護たる聖騎士の末路か）
そのとき、甲高い笑い声が響き渡った。
黒い影がひゅんと逆巻いて飛び込んでくる。
（まったく滑稽にして無様以外の何ものでもないね）
紋章の悪魔ル・フェはぱたぱたと宙空に静止し、羽ばたきながらあざ笑った。
「うるちゃいでちゅ」
二頭身チェシーが床に落ちていた小石を拾ってぬいぐるみに投げつけた。
「あっち行ってろでちゅ」
（いてっ）
「面白そうでちゅな」
二頭身ザフエルまでが両手に石を抱えて投げまくっている。
「私もやってみるでちゅ。えい。えい」
（あいてて、いて、いたたた！ お前たち何をする……！）
「ちょ、ちょうでちゅよ二人とも何やってるんでちゅかあいたたた」
雨あられと降る小石の山に二頭身ニコルとぬいぐるみ悪魔のル・フェはぎゃあぎゃあ言いながら頭を抱えて逃げまどった。
（ちょ、ちょっと、おい、あいつらを何とかしろ！）
「何とかちろって、あの二人をあんなにちたのはル・フェちんじゃないでちゅか」
（ル・フェちんって言うな！）
ぬいぐるみの悪魔はふいに舞い降りてきて二頭身ニコルの前にずーん、と立ちはだかった。
「ううっ！」
何と言う巨大さであろうか！ 二頭身ニコルは恐怖に顔をすくませた。
「お、おっきいでちゅ。こわいでちゅ」
ぶるぶると震えて顔を覆い、座り込む。
「来ないででちゅ……！」
（そうか、怖いか）
ぬいぐるみの悪魔はにやりと笑い、他の二頭身を振り返った。
（やっと僕の恐ろしさに気付いたようだな、愚かな人間どもめ）
「誰のおちょろちちゃ、だって……？」
（え……）
悪魔の眼が恐怖に見開かれた。
「覚悟ちゅるんだなでちゅ」
地に降りてしまえばもはや巨大ぬいぐるみといえど敵ではない。
二頭身二人による嵐のようなでこぴんがびしばしとぬいぐるみに襲いかかった。
（いた、痛い、いたたたたたたあいたた！）
「元に戻ちゅでちゅ」
逃げまどう悪魔をやすやすと押さえ込み、馬乗りになって両手ででこぴん連射しながら二頭身チェシーが残忍にささやいた。
「ちゃもないと、どうなるか……？」
短いブーツの足でぐりぐりとぬいぐるみの鼻先を踏みにじりながら二頭身ザフエルがつぶやく。
ぬいぐるみの悪魔は恐怖のあまりみるみる顔色を失い、真っ白になりながらじたばたともがいた。
（ひいいい分かりましたお許し下さいませ！）
ぼん、ぼん、と白い煙が二つ上がって。
「まったく」
ようやくいつもの姿に戻ったチェシーは憎々しく吐き捨てるなり悪魔の尻尾を引っ掴んでぐるぐるぶん回すや、ぽいっと外へ投げ捨てた。
ぎゃあああぁぁ……と悲鳴が遠ざかってゆく。どうやらそのまま落ちていってしまったらしい。
「迷惑千万なことこの上もない。腐れ悪魔め。もう二度と帰って来るな」
「やれやれですな」
同じく通常の頭身に戻ったザフエルが、ちらりと足元を見る。
「おや、これは何としたこと」
「おや、じゃないでちゅ！！」
なぜか未だ元に戻っていない人物が約一名、ぬいぐるみが消えていった窓の傍にまで駆け寄って憤激の声を上げた。
「ちょ、ちょっと待つでちゅ。何で僕だけ元に戻ってないんでちゅか。おかちいじゃないでちゅか。全然かいけちゅしてないでちゅ！ どうちろって言うんでちゅかあっ！」
「そうだな」
半泣きでぎゃあぎゃあと泣きわめく二頭身ニコルの襟首をひょいとつまみ上げてチェシーはにやり、卑猥に笑った。
「君にはこの騒動の責任を取ってもらう」
ザフエルが肩をすくめる。チェシーはふん、と口許をゆがめて悪辣な目配せを交わし、ザフエルめがけてニコルを放り投げた。
「好きにしろ」
――え？
ぽとん、とザフエルの腕に落ちる。
「閣下」
ニコルはぎくりとして顔を上げた。
「この愛らしさ、たまりませんな」
「え゛！」
「それにこの感触」
無表情に頬をすりすりされる。
「えええ゛！！」
「やはり抱き枕になっていただくしか」
「ええええええ゛！！」
ザフエルはきっぱりと断言した。
「今夜は……眠れそうにありませんな」
――ふ、ふ、ふんぎゃあぁぁああぁぁ……！
「では、健闘を祈る」
恐怖のあまりザフエルの腕の中で泣きわめくニコルに向かって、ほとんど優しいと言っていい微笑を――悪魔よりも悪魔めいた微笑を手向けにして。
「さらばだ」
「……うわああんチェチーちゃあん置いていかないででちゅー……！」
悠然とチェシーは去っていったのであった。
おしまい。
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