「仄かに上気した薔薇の尖りに触れ……とか」
「な、な、何……！」
「あえぎ声の甘くこぼれる薄闇に白く、熱く、とろけるように二人はもつれ合って……とか」
「……は、はあっ！？」
「冷酷な家令ザヒョエルは気丈な顔を蒼白にひきつらせて必死にあらがううら若き発酵の城主アーチョラスのほっそりと薔薇のように華奢で可憐なみずみずしい肉体を強引に引き寄せものすごいく激しい何度も何度もくちづけを飼わし、と。ふむふむ何ともはやこれは誤字がスゴイですな。まあスゴイのは誤字だけではないですが」
「い、いやああっやめてください何思い切り読み上げちゃってるんですかあーーーーー……って」
顔をこの上もなく真っ赤にして頭を抱えようとしたニコルはふとザフエルが静かになったのに気付いて眼をぱちくりさせた。
「何して……」
黙り込んで何をしているのかと思えばまさしく本に穴が開くほど見入りながら貪るように読み耽っているではないか！
「読んじゃだめっ馬鹿っもうザフエルさんの馬鹿あっーーー！」
「度し難い禁書ぶりですな。作者は誰ですかな。報賞を取らせなければ」
ザフエルは眼も上げずにぼそりと言った。
「違うでしょうっ！」
ニコルは真っ赤な顔でじだんだを踏みまくった。
「あああ！ 誰だこんなもの書いたのは！ 見つけたらけちょんけちょんにしてやるっくそっっ駄目だもう駄目だこんなものまで書かれたら僕生きていけないああ義父さまにも顔向けができな……あああ！」
「何の。お気になさらず」
ばたりと本を閉じ、乾いた眼差しを表紙へと落とす。
「たまたま書庫でこういう本を見つけたのでご報告に上がったまで」
「だから何でそんな本が書庫に有るのかって聞いてるんです僕は！」
「存じませんな」
ザフエルはすげなく突っぱねた。
「おりじなるらぶえっちとか何とか書いてありますな。意味が分かりませんな」
「ああんそうじゃなくって！ だから何で僕の名前がそんなところに出てくるんだって言ってるんですっ！」
「そんなことはどうでもよろしい。それにしても女体化とはツウですな」
「っていうか何かそっち方面に詳しすぎるでしょ！」
「当然でしょう」
ザフエルはすっと眼を細めた。
「文学と芸術に精通するは貴族のたしなみ」
「絶対に違います！」
「仕方有りませんな」
ザフエルはむっつりとため息をついた。
「不本意ですがサリスヴァールに判断をさせるとしましょう。誰かサリスヴァールを呼べ」
「いやあああああああ……！」
▼
「分かったぞ。元凶は貴様らだな」
ずかずかと部屋に踏み込んで来ざま、チェシーは不機嫌極まりない声で怒鳴り散らした。
「さっきアンシュベルがこんな訳の分からないものを女子兵舎で配っていたぞ。おりじなる８０１とか何とか！」
「ひ、ひえっ！」
ニコルは真っ青になった。
「ま、またですか……あああどうなってんだ！」
ザフエルはチェシーが握りつぶしていた薄っぺらい本を取り上げた。再び仏頂面の平坦な棒読みで読み上げ始める。
「仄かに上気した薔薇の尖りに触れ……同じですな」
「ぎゃああ……！」
「あえぎ声の甘くこぼれる薄闇に白く、熱く、とろけるように二人はもつれ合って……ここも同じですな」
「……読んじゃ駄目ですって！」
「傲岸な盗賊サリスピョールは気丈な顔を蒼白にひきつらせて必死にあらがううら若き発酵の城主ザヒョ」
「えっ」
ニコルは眼をぱちくりさせた。
「読むなと言っているだろう！」
気付かずチェシーが怒鳴り散らす。
ザフエルはぴたりと口をつぐんだ。
「何ですかこのおぞましい冒涜の禁書は」
「さっきと一緒じゃないですか。何なんだこの精神汚染攻撃は……！」
ニコルが頭を抱えようとしたとき。
「我が文学に下品極まりない改変を施すとは何という許し難い罪であることか」
ふいにまといつけた雰囲気を氷の如き蒼白のつめたさに変えてゆきながら、ザフエルは漆黒の眼を暗く光らせた。
「万死に値する」
……。
…………。
この男は……！
ニコルはわずかに口の端を引きつらせた。
「えーと、ザフエルさん？」
「何でしょう」
ザフエルは無表情に振り返った。
「ひとつお聞きしたいのですが」
ニコルはにっこりと笑った。
「今、なんと仰有いました？」
……。
ザフエルはごほんと咳払いした。
しらじらしく眼をそらす。
「……アンシュベルが配っていたとか……」
「その次」
「……むう……」
ザフエルは妙にそわそわし始めた。
「いけませんな。もうこんな時間だったとは。そろそろ軍務に戻らねば」
とか何とか言いながら立ち去ろうとする。
「では」
「逃げるおつもりですか」
「まさか」
ザフエルは強引に言い張った。
「私は常に任務と時間には誠実でありたいと考えております」
「つまり」
チェシーが冷ややかに笑った。
「あんたが妄想の限りを尽くして書き散らかしたブツをアンシュベルが調子に乗って書き換えて配りまくったというわけだな……なるほど、よく分かった……」
ぎらり、と濡れたような邪悪な微光を放つ魔剣に手をかけ、ゆっくりと鞘走らせる。
「……まっぷたつにしてくれる！」
「……誤解しないで頂きたいですな」
刃を鼻先一寸に突きつけられていながらザフエルは表情一つ変えず堂々と開き直った。
「あの従卒が第五師団の二次創作本を出すと言うので文学と芸術を後援する者の義務として私と閣下の二人でつむぐ予定の愛と憎悪のらぶえっち世界を多少の誇張も含めてつらつら書いてみただけのこと。つまりこれぞノブレス・オブリージュ」
「どこがだ！」
「ふうん」
すべてを聞き終え、ニコルはうっすらと邪悪に笑った。
ザフエルが一歩後ずさる。
「何か」
ニコルはため息をつき、肩をすとんと落とした。
「いえね」
ひくひく、頬がひきつっている。
「一度《ラグナレク》を試し打ちする機会があればと思っていてですね……まさかこんなものそうそう使うわけにもいかないかな、とか思っていたんですが……」
「室内では使わない方がよろしいかと」
ニコルは鼻先でふっと笑った。
「あなたがそれを言いますか」
「一応申し上げておくのが私の義務でして」
「では私は退避させて貰おう……」
「ちなみに」
ザフエルはごそごそと胸ポケットから何かの絵を取り出した。
「こちらが表紙の原画となっております」
ひょいと手渡す。
「絵も少々たしなむものでして」
……。
…………。
「ふんぎゃぁぁぁぁあああ……！！！！！」
（注：全年齢作品につき描写不可能であるがあんなことやこんなことやそんなことまでしちゃっている絵だと思われる）
「ざ、ざ、ザフエルさん……！」
「懲りない男だ」
「まさに愛は罪ですな」
「……馬鹿あぁぁぁっ！！！！」
というわけで最後はもちろん皆様ご想像の通りと相成ったのであった。
おしまい。
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