今、黒歴史のページが開かれる……
暗黒邪骸神伝説〜ＥＮＤＬＥＳＳ ＬＯＶＥＲＳ〜 聖光の章
作：ゆるぎのりるは
乾いた風が吹き過ぎてゆく。
からり、からりと壊れた音を立てて風見鶏が回る。首のもげた風見鶏。
空は流された血のように赤く、大地は染み込んだ血のように赤茶けている。周囲を見回しても見えるのは瓦礫と廃墟ばかりだ。半ば砕け、ぎざぎざな形でわずかに残されたコンクリートの防壁には一面、黒と赤の薄汚いペンキで卑猥な俗語が描き殴られている。いや、本当にそれがペンキによって描かれたかどうかさえも定かではないほどに薄汚く、奇妙なほど鉄さびの色に似て、砂にかすれて。
破壊され尽くした街の外で骸狼が吠え猛っている。
悲鳴。銃声が虚しく響き、吸い込まれる。
いつから――
人間はこんな日々を送るようになってしまったんだろう。
ひりつくような、砂混じりの風が渡ってゆく。
あたしは泣きそうな空を見上げた。
ううん、泣きそうなのはあたしだ。
ここはトゥールシティ。環境破壊により文明の荒廃した”未来”の地球に存在する都市。
そう、あたしは過去から来た。
まだ地球が青かった頃、まだ、空がまぶしくてきらきらと青かった、あのころの綺麗な地球から。
君にしか、救えないんだ――
「……つーか何このアホ邪鬼眼設定ーー！」
ペンネーム”ゆるぎのりるは”こと佐々木こま子はキーボードをじゃんらじゃらじゃらと撫で掻き回しながらパソコンデスクにがぁんと頭を打ち付けた。
「こんなことじゃキューティ☆ラヴ＆キラリ賞の〆切に絶対間に合わなあいっ」
突っ伏したまま頭をがりがりと掻きむしる。
「あああカムヒヤ小説の神様！ もうダメ暑いしグダグダだし全然書けーん！」
こま子はふいに突っ伏していた顔を上げた。
「そっそうよあれさえあればッ……！」
ぎらりと怨念のこもった眼をパソコンへと向け、地獄の噴煙さながらの唸り声をあげる。
「オンライン小説書きならば誰もが望んだあの必殺アイテム……そう！」
びしぃっ！ とディスプレイを指さす。
そこでふとこま子は奇妙な冷静さを取り戻した。
ＰＣに向かって無表情にぱこぱこと打つ。
「ＮＯＵＮＡＩ……」
目にも止まらぬ神速のタイピング。さすがオンライン小説書き、と絶賛したいところであるがそうは問屋が卸さない。入力した直後からこま子は再び平常心を失ってギャースカ喚き始めた。もはや理解不能であるが是非もない、オンライン小説書きとは元来こういう生物なのである。
「ＳＯＵＴＩ〜」
間の抜けたファンファーレを自ら歌ってぽこんと変換キーを押す。現れた文字は以下の通り。
「脳内映像自動筆記装置〜」
嗚呼、何という禁断の響きであろうか……！
過去何百という勇者がこの秘宝を求めてネット界を彷徨い、そしてことごとく夢打ち砕かれていったという、残酷な究極妄想。
もしそれが現実に存在したら！
いや……それはそれで激しく困るというかむしろジャンルによっては思い切りわいせつ物陳列罪に問われ警察に追われるハメになるは必定であるのだがしかし読者諸君よ安心してくれたまえ、常に絶賛スランプ中のこま子にとってわいせつぶつちんれつざいなどというすかしたちんぷんかんぷんな罪名など瑣末極まりない他事にすぎないのである！
――ホントのところはそんなことこそ人生の瑣末事なのだがそれは言わないお約束であってとにもかくにもこのあふれ―― てはいないけれども出そうで出ない出なさそうでやっぱり出てこない出勤前のおトイレのようなもやもやぐしゃぐしゃした心許無いプロットを何とかして一本のまともな小説に仕上げなければ素人小説書きとしての沽券に関わるのだ！
ということでこれまた機械的に入力した文字列をさくっとコピーし、ツールバーの検索ボックスへとペースト、サーチボタンを押す。
脳内映像自動筆記装置 の検索結果 約 24,400 件中 1 - 10 件目 (0.22 秒) 。
「ん？」
意外にもヒットするものだ。
一番上、スポンサーリンク部分に某大手通販モールの出店サイトらしきページが表示されている。
こま子はためらうことなくクリックした。
派手なページだった。真っ赤な巨大タイトルが躍っている。曰く脳内映像自動筆記装置！ あなたのお望み叶えます！ 最終セール！ 激安７５％オフ！ １５９８魂円！ 売り上げ８９３０魂件突破！ こんな凄いグッズがあったなんて！ 魔天上半期購入ランキング上位入賞！ オプション組み合わせ自由！ いまならポイント１０％還元！ ” ”契約しますか はい／いいえ。
何やら空白になって見えない文字があるにもかかわらず、猛烈にフィッシング感あふるる契約ボタンをこま子は無言でぽちっと押した。
次の日。
「出井門便です〜」
玄関のチャイムがぴんぽんと鳴り続けている。
「お留守ですかあ〜」
宅配業者の間の抜けた声が響き渡っている。こま子はあわてて玄関へと走っていった。
「印鑑お願いしまっす」
いつものおじさんとは違う不気味な雰囲気を醸し出した宅配のお兄さんが愛想良く言って受取証を差し出してくる。
「あ、サインでいいですか」
「どうぞ」
ささきに丸とサインする。
「ありがとうございました〜」
宅配のお兄さんは緑色の帽子を深く被ってどことなくうつむき加減になりながら去っていった。その際、お兄さんの手がなぜか吸血鬼のように青白く凶悪に光る爪を持っていたような気がした……が今はそれどころではない。なにせキューティ☆ラブ＆キラリ賞の〆切が迫っているのだ。
ということでさっそくお取り寄せしたブツを段ボールから取り出す。
そして、悩んだ。
段ボールを開いたこま子が眼にしているもの、それは。
どこからどう見ても携行用トイレットペーパーホルダー（組み立て式）であった。
箱の中に説明書と完成図が入っている。
頭に被る金属の輪（なぜかスイッチが付いている）の左右に支柱を立て、そこにペーパーホルダーと赤青黄白のコードを繋いで取り付ける。妄想インジケーターと書かれた小さな液晶モニタまでついていて針が振れると連動しておでこの前に垂れ下がったトイレットペーパーもどきにプリントする仕組み……と説明書にはあるがはっきりいってトンデモ発明以外の何ものでもない。
平素であればノリノリでブログネタにしてしまうところであるが今日のこま子は――今日のこま子も、と言うべきかもしれないが――藁どころかトイレットペーパーにもすがりたい気持ちでいっぱいであった。
よって畏まって正座し、黙々と装置を組み立て始める。
そして一時間後。頭部にトイレットペーパーを装着した身も蓋もない姿となったこま子はパソコンの前に腰を下ろした。
鼻息でふわふわとペーパーがそよいでいる。恥ずかしい。あまりにもお恥ずかしい姿態である。だがトイレットペーパーを頭にかぶった以上、もう後には引けない。
ごくりと息を呑み込み、スイッチを入れる。
モーターの回る奇妙な音がし始めた。
「契約、完了」
ふいに男の声が浴びせかけられた。
こま子はぎくりとして背後を振り返った。ペーパーが白くひるがえる。
そこには先ほどの宅配便のお兄さんが宙に浮いて座っていた。いや、違う。もはやお兄さんではない。漆黒の翼をマントのようにまとった美麗な人外の男だ。
「あ、あんただれっ？」
「私は小説の悪魔だ」
男は冷ややかに名乗った。
「貴様が私を召喚した小説書きか」
改めてじろじろとこま子をねめつける。
「……ずいぶんチンケだな」
「ほっといてよ！」
「ふむ」
悪魔はかすかに眉をひそめた。
「精進せぬ者に対し欠点を指摘すると逆ギレする。なるほど、ネチケサイトに書いてあった通りだ」
「うるさいわね！ 何なのよアンタ！」
「さらに記憶力もないときたか。困ったものだな」
「少しは人の話を……」
「よかろう。我が力を授けてやる」
まったく脈絡のない会話を勝手に進めている。どっちが困ったものだかしれたものではない。
「ただし忘れるな」
悪魔の眼がぎらりと光った。
「物語が自動筆記され終えたとき、そなたの魂は私のものとなるであろう！」
「へ？」
次の瞬間。
脳内自動筆記装置の妄想インジケーターが一気に振り切れた。
こま子は悲鳴を上げた。
今まで見たことも想像したこともない、絢爛たる小説のイメージが脳内から直接噴き出してくる。
赤、青、黒。めまぐるしい明滅が渦を巻いた。怒濤の音を立ててトイレットペーパーが吐き出されてゆく。何という紙資源の無駄遣いであることか。地球環境に悪いことこの上もない、と思われたとき。
ぶつり、と。
唐突に脳内映像が途絶えた。
どうやらあまりの高負荷に途中で接続が切れたらしい。
機械の回転数がみるみる低くなってゆく。
こま子は荒い息をつき、ぐったりと椅子に身を預けてもたれ込んだ。
うつろに周りを見回す。
膝の上から足下の床まで乱雑にほどかれたペーパーで埋め尽くされている。無論そのすべてに先ほど放出した妄想が一言一句脳内と違わぬ状態で印刷されている――のだが。
悪魔はわずかに顔を引きつらせた。
「こ、これは」
さすがに、予想外だったらしい。
「足りない……」
こま子はひくくうめいた。
「一巻じゃ……足りない……」
「は？」
「この……あたしの……燃え上がるリビドーはッ！」
目の奥に情熱と妄想の劫火をズゴゴゴとたぎらせてゆきながらこま子は両手をぐぐうっと握りしめた。
「トイレットペーパー５５メートルごときでは足りなああいッ！」
果たしてそういう問題だろうか。
「す、すまぬ」
だが悪魔はどうやら生まれて初めて直面したらしきクレームに動揺し、後ずさった。
「予備をよこしなさいよ！」
すかさずこま子は鬼の形相で噛みついた。
「ペーパーを交換しなさいって！」
「何を言うか」
ようやく我に返ったらしい。黒衣の悪魔は端整な闇の顔をこわばらせ傲然と遮ろうとした。
「備品の提供は契約にない……」
「ハァ！？ 悪徳業者かあんたは！」
一刀両断に決めつける。
「自分が持ってきた機器のサポートもできないでどうすんの！？ 記憶力がないのはどっちよ！ あんた、この自動筆記が終わったらって言ったじゃない！」
「そ、それは、確かに」
「終わってないでしょうがあっ！」
うがああっと一喝するこま子の勢いに圧倒され、悪魔はみるみる顔色を失って青ざめた。
「す、すみませ……」
「この役立たずッ！ スカタン詐欺師ッ！ キューティ☆ラヴ＆キラリ賞の〆切に間に合わなかったらあんたのせいだからね！ いい、ちゃんとした機械持ってくるまであんたはあたしの奴隷！ わかった！？ 契約よ！」
「くそっ覚えてろ……」
どうやら逃げるつもりらしい。捨てぜりふに反して半ば姿が消えかけている。
「つ、次こそは絶対に……」
「小説の神様でも連れてくることね！」
「ううっ！」
小説の悪魔は涙声を残し、消え失せたのであった。
舌先三寸で完全勝利を得たこま子は腰に手を当て、ふんと肩をそびやかした。
「悪魔ごときがあたしに手を出そうなんて一億年早い……」
と、そこで悪魔よりも恐ろしい事実を思い出す。
「うわあ、キラリ☆賞の締め切りがっっっ！ 忘れてた！ こんなことしてる場合じゃないんだったーー！」
こま子はがたがたと椅子を蹴倒しながらパソコンにすがりつこうとし、そこではたと気がついた。
「あ、待てよ……？」
こしゃくな笑みで口元を染め、トイレットペーパーに目をやる。
悪魔をだまして手に入れた機械とはいえ、妄想のすべてを頭の中が空っぽになるまで吐き出したのだ。さぞやドラマチックな内容にちがいない。
「これさえあれば締め切りなんて」
確信に満ちた、余裕しゃくしゃくの態度でペーパーを手に取ったこま子の眼に飛び込んできた文章。それはまさに脳内と一言一句違わぬ迫真の活写であった！
『キキキキキター！ レッドゾーン！ 深紅の空！ 骸骨の形をした白と黒の巨鳥！ きぇぇぇぇとか鳴いて急降下してきたらうぎゃーーばばんばんどかーんうあああ煙がけむりがうごごごごーーぐはははーもくもくもくげほっげふぉっうああたすけてえっとそこへズギャーとやってきた銀髪ポニーテールの美少年ちょっと陰があったりなんかしちゃったりしてうひゃあっでばかでかいレーザーブレイドとか持っててえアンティークなかんじで精神を込めて斬るとバビューンってレーザー光線が出てスビャーバゴーンぐはーぼかーんうっしゃ命中カッコイーーーキャーアテクシ天才ーーーうひーーガッツリキターーでも書けないーいやーえっちーーーきゃーーあーー名作名作名作ーーーこれはネット小説史上最高の名作になるわあああ激萌えええええｑあｗせｄｒｆｔｇｙふじこｌｐｗっうぇうぇ鼻血ィ！！！１１！！』
……からり、からりと。
放心状態となったこま子の頭上で、トイレットペーパーの芯が空回りしている。
無論、今さら締め切りに間に合うはずもないことなど……
改めて記すまでもないだろう。
-終-
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